Amazing Story

銚子にかつて存在した城

銚子にはかって、城があったことをご存じだろうか。 平安時代末期から鎌倉時代に描けて屏風ヶ浦に築城された「佐貫城」である。 源頼朝によって築城され、平安末期には源頼朝の部下であり四天王の一人であった片岡常春(ないしは、その弟の常高)が守っていたという佐貫城に関する記述は「海上郡誌」「東国古戦記」「飯岡町史」にも記載されており、「東国古戦記」によれば海に面した崖の上に存在しており、現在は波による浸食によって海中に没してしまったとみられている。しかし、七百年で城があったとされる場所全てが海に沈んだとは考えにくいため、現在では礎石など一部が屏風ヶ浦に今も残って一」いるのではないかと見られている。 その可能性が高いとされる場所が、屏風ケ浦に存在する謎の大穴だ。海面から高さ約10メートルの所にあり、穴の大きさは高さ約2メートル、横幅約3メートルもあり人 一か自由に出入り出来る規模となっているこの穴の正体に関しては諸説あリ、佐貫城の伝説から考えると、城から逃げるための抜け穴ないしは城攻めの際に開けられたものではないかとされている。 佐貫城は存在していた事は間違いないのだが、存在していた期間が短いこともあって謎の多く残っている城でもある屏風ケ浦に立ち寄った際には、歴史のロマンに浸ってみるのも良いのではないだろうか。

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桃太郎

桃太郎と言えば、日本では国民的ヒーローで幼稚園児から 年配者まで幅広く親しまれており、その由縁は処々あります。 もともとは その昔、元讃岐国守だった菅原道真(みちざね)が、地元の漁師から 「稚武彦命(わかたけひこのみこと。古代の皇族)が 3人の勇士を従えて海賊退治を行った」という話を聞いて、 それをおとぎ話にしたものが「桃太郎伝説」であり、 その後、口移しに全国に広まったとされている。 全国の桃太郎神社は「桃太郎サミット」を開催し共に連携をとっているらしい。 今回は、香川県高松市鬼無町にある桃太郎神社を紹介したい。 創建年は不詳だが、文化元年(1804)に社殿を修復したという記録がある古い社だ。 正式には熊野権現桃太郎神社だが、 『香西記』『全讃史』『讃洲府志』などによれば、 熊野権現が悪行を働く鬼をこの地で退治したと言われており 地名もまた、鬼がいなくなったので、鬼無(きなし)という地名になったと地元の人は言う 鬼の解釈は場所や時代・風習文化において相違はあるが ここで言う鬼とは瀬戸内海で暴れていた海賊を意味してるという見解もあり、 孝霊天皇の第八の皇子の雅武彦命(わかたけひこのみこと)が退治したことが 桃太郎の物語のもとになっているともいわれている。 面白いのは、全国にある桃太郎神社のなかでも 唯一この場所には、桃太郎と家来の墓や老夫婦の墓や石碑があり 全国の桃太郎神社は「桃太郎サミット」を開催し共に連携をとっているらしい。 まつりで行われる相撲や寸劇が行われる時は、沢山の人が集まり 賑わいを見せている。 参拝自由。JR鬼無駅から徒歩で約15分。 例祭は春祭4月7・8日、秋祭10月第2土・日曜。

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