座頭市は銚子付近に住んでいた!?

かつては勝新太郎や、ビートたけしが演じた「座頭市」は日本人ならば誰もが知っている作品であろう。
元々は小説家・子母澤寛が書いた短編「座頭市物語」が原作だが、実は座頭市には実在したモデルがいると聞いたら驚くであろうか。
幕末に銚子一帯で勢力を誇った博徒の親分、飯岡助五郎の身内にいた侠客の一人に座頭市のモデルとなる人物が存在したのだ。
彼は、元々は目が見えていたのだが、何らかの要因で光を失ってしまった。だが、それでも喧嘩の腕が非常に立ち、若い衆の喧嘩を仲裁し間を取り持つなどして慕われていた人物であるという。
そんな座頭市の住居跡が銚子の近くにあったのはご存知であろうか。調査の結果、現在では旭市飯岡に住んでいた家があったと推測されており、同町には座頭市の伝説を伝える碑などが残っている(※画像下中)。
また、当時飯岡助五郎の親分に銚子ノ五郎蔵こと木村勝五郎という人物がいた。この木村勝五郎が銚子一帯を治めており、子分である飯岡助五郎と連名で圓福寺に大きな茶釜を寄進している。この茶釜は銅で出来ており、土台は石造り。大人が5、6人がかりでも持ち上がらなかったという事実は、彼らが誇った勢力の強さを物語っているかのようだ。

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